日の名残り

叙情的

こんにちは、ポメラニ・アンパンです。11月になり、どんどん日が暮れるのも早くなってきました。いよいよ『ああ〜、秋だな〜』と感じる今日この頃。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

僕ポメラニ・アンパンは季節が移り変る様相を肌で感じながらも、日々会社員生活を送っています。いろんな事がありますが、読書はいつだって安息と楽しみなひととき。

仕事帰りの電車で、座れた時は『よっしゃ〜!』と心の中で叫んでいそいそと本を取り出すのです。

さて、今日ご紹介する本はカズオ・イシグロ氏の『日の名残り』です。

作中に、一日のうちで最も美しい時間は夕日が現れる夕方だ、という一節がありますが、11月の今がまさに夕日が美しい時期にオススメの一作です。

読んだきっかけ

SNSなどでカズオ・イシグロ氏の関連作品情報などを見ていまして、心の片隅には『いつか読もう』とメモリーされていました。ふと、あるタイミングで本屋さんに行った際、目に入っちゃいましたね〜、カズオ・イシグロコーナーが。その中から、何冊か手に取った中で、本作『日の名残り』というタイトルに惹かれました。一緒に買った『充たされざる者』はまだ読んでませんので、読み次第、ここでご紹介する予定です。

あらすじ

英国にて。貴族ダーリントン卿がかつて住んでいた、ダーリントンホールの老練な執事、スティーブンスが本作の主人公。彼は自らの職務において、『執事としての品格』を追求する日々。敬愛するダーリントン卿に仕えていた日々を記憶にとどめつつも、新しい主人=ファラディへ仕える日々。

ダーリントン卿からアメリカ人の主人=ファラディへと屋敷の主人が変わった事で、それまで仕えていた召使達の中から屋敷を去る者もいた。召使の人数が減れば、仕事の質に影響が出てしまうと悩むスティーブンス。なんとか二人、腕の良い女中を雇えたものの、屋敷を切り盛りするには到底人手が足りない。

そんな折、主人のファラディから『休暇をあげる。僕のフォードを使っていいから旅でもしておいで。ガソリン代も出してあげるから』という言葉をもらうステーブンス。どうしたものか、と悩んでいたスティーブンスのもとに、以前一緒に働いていた女中頭のミス・ケントンから手紙が届いた。

スティーブンスは、ミス・ケントンの手紙に、『ダーリントンホールへの郷愁』を感じ取る。うまくいけば、戻ってきて女中頭として働いてくれるかもしれない、そうなるとこの上なく仕事で頼りになると期待しつつも、確実に彼女が戻ってくるかは分からない。そこで、休暇を使ってミス・ケントンに直接会いにいく事にしたスティーブンス。

スティーブンスは主人の愛車であるフォードを運転してイギリスのソールズベリーからドーセット州モーティマーズ・ポンド〜サマセット州トーントン (Taunton)〜デボン州タビストック(Tavistoc)近郊〜コーンウォール州リトル・コンプトン〜ウェイマス (Weymouth)を六日かけて巡る。

旅先で、フォードのラジエータ水を切らしたり、ガソリン切れを起こしたりでトラブルを頻発させるスティーブンス。その度に、地元の人達の家に泊めてもらったりしながら、スティーブンスは過去に思いを馳せる。

ダーリントン卿に仕えた日々の中で、世界の情勢を揺るがすような秘密裏の会議が行われた事や、気の強いミス・ケントンとなんども仕事上の対立を起こした事、スティーブンスの父親がダーリントンホールに働きに来た時の事・・・。それら過去のなかで、ひときわ輝きを放つ存在こそが女中頭のミス・ケントンだった

スティーブンスはミス・ケントンに再開した時、何を語るのか・・・。そして、ミス・ケントンの胸中は・・・。

この作品の要素・成分

 雰囲気

イギリスの貴族に仕えた老練な執事=スティーブンスが本作の主人公なわけだが、文体は彼の独白調で進む。文章は彼の見たもの、心中を豊かに表しているので、読み手としてはその情景をありありと想像できる。土屋正雄の翻訳も素晴らしく、僕達が想像する執事のイメージをガッチリと補強してくれる。頻繁に登場する『ありますまいか』という言葉、普段僕らの日常生活では使わない言葉だが、あえて使ってみたくなるほど気に入ってしまった!

読みやすさ:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

スティーブンスの独白調で書かれているので読みやすいし、彼に感情移入もしやすい。

ワクワク度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

全体像としては淡々と旅をしていくのだが、事あるごとにスティーブンスの過去話が展開される。読み進めるにつれ、過去話が始まると、『今度はどんなエピソードなんだろう?』とワクワクしてくる

ハラハラ度:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

絶対に失敗してはいけないところで給仕をしなければならないシーンでのハラハラ度、緊張感がすごい。

食欲増幅度:2 ⭐️⭐️

美味しそうな料理描写はない。食器やトレーを山積みにしたワゴンを運ぶ執事の描写はあるのだが・・・。

冒険度:2 ⭐️⭐️

これといって冒険的要素はない。

胸キュン:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

ラジエータの水、ガス欠と連続して車のトラブルに陥ったスティーブンスの独白。ちょっと言い訳っぽい独白が可愛いスティーブンス。ミス・ケントンへの思いは本人ですら自覚の無い、名前のつけにくい感情だったに違いない。ミス・ケントンは明らかにスティーブンスに思いを寄せていたと思われるが・・・。このギャップが、切なく、読む者の胸を突く。

血湧き肉躍る:3 ⭐️⭐️⭐️

大物ゲストがダーリントンホールにやってくる際は、執事・召使に取っては臨戦態勢。粗相があってはいけないし、ゲストをもてなすためあらゆる気配りをしなければならない。物理的な戦闘はないが、このような状況下でも戦いは戦いだ。

希望度:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

ミス・ケントンに出会った後にたまたま出会った老人が良いことを言う。それでずいぶん救われるスティーブンスと僕ら読者。

絶望度:1 ⭐️

絶望感はほとんどない。

残酷度:1 ⭐️

残酷描写は無い。

恐怖度:1 ⭐️

恐怖を感じたシーンは無い。

ためになる度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

イギリスの町の名を知ることが出来る。ドーセット州は、インターネットで調べてみると素朴で良い感じの田舎。一度行ってみたいと思った。

泣ける度:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

『あの時、思いを告げていたら別の人生だったかもしれない』という感情は誰しも持っているのではないだろうか。お互いの気持ちがほんの数ミリの違いで結局交わることがなかった・・・それ故互いを思う気持ちを持ちつつも違う道を歩む・・・。もうその時には戻れない。やはりこういうのは切ない。

ハッピーエンド:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

読む人によって捉え方が違うかもしれない。僕はそこそこハッピーな終わり方だったと思った。

誰かに語りたい度:3 ⭐️⭐️⭐️

勧められない、という事ではなく、自分だけの宝として残したい作品だから。でも、あえて言うなら、執事が好きな人には是非読んでもらいたい。執事のなんたるかを、作中でスティーブンスが熱く語ってくれている。

なぞ度:1 ⭐️

謎は特にない。

静謐度:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

作品全体の雰囲気が静か。淡々とした文体のせいか、理由はよくわからないが、静謐で、騒がしくなく、心がしんみり落ち着く。

笑える度:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️

スティーブンスの奮闘に思わずクスッとしてしまうシーンはある。新しい主人のファラディに気に入られるように冗談を言う練習をする事など。

切ない:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

切ない。読めばわかる。

エロス:1 ⭐️

エロ要素は無い。

データ

タイトル日の名残り
原作タイトルThe Remains of the Day
著者カズオ・イシグロ
訳者土屋正雄
発行元早川書房
コードISBN978-4-15-120003-8

まとめ

カズオ・イシグロ氏の作品を読んだのは今作が初めてでした。もう、一気に好きになりましたよ。僕は北方謙三作品のように血湧き肉躍る戦ものも好きですが、それとは対をなすような、静謐さが滲み出る作品も好きです。

今作の主人公スティーブンスが、生真面目であるがゆえに女中のミス・ケントンの思いをキャッチできなかったのは何とも皮肉。いや、むしろスティーブンスからすれば、ミス・ケントンは戦友に対する思いに近い感情なのかもしれません。十数年共に同じ主人のもとで働き続けてきた者同士、彼らにしかわからない事は多々あったでしょう。

そんな女中頭に対する思いを胸に抱きながら、フォードを運転してイギリスの田舎道を走る旅、想像するだけでなんか良いですよね!

個人的に、スティーブンスは萌えキャラです。新しいアメリカ人の主人であるファラディに仕えるようになって、それまでの主人ダーリントン卿との違い、とりわけ冗談を使ったやり取りに苦慮してしまうスティーブンス。ファラディを喜ばす為、冗談を言えるよう真剣に研究し、満を持して言ってみた冗談がスベってしまうところが何とも可愛いではありますまいか。

きっと読んだ人は、スティーブンスに対して、僕と同じように感じる人がいる事でしょう。

何というか、この殺伐とした現代社会において、こんなにも純粋な心落ち着ける作品が読めた事は、幸せであります。

余談ですが、本作を読むと『ありますまいか』という語尾にハマってしまいます。日常でもつい使ってみたくなりますね!

気に入ったフレーズ・名言(抜粋)

登っておかないと後悔しますぜ、旦那。絶対でさ。それに、人間、何が起こるかわかりませんや。二年もしてみたら、もう遅すぎた、なんてね

痩せた白髪の男
日の名残り p.37

品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、
それに堪える能力だと言えるのではありますまいか。

〜中略〜

偉大な執事が偉大であるゆえんは、みずからの職業的あり方に常駐し、
最後の最後までそこに踏みとどまれることでしょう。
外部の出来事にはーそれがどれほど意外でも、恐ろしくても、
腹立たしくてもー動じません。偉大な執事は、紳士がスーツを着るように執事職を身にまといます。公衆の面前でそれを脱ぎ捨てるような真似は、たとえごろつき相手でも、どんな苦境に陥ったときでも、絶対にいたしません。それを脱ぐのは、
みずから脱ごうと思ったとき以外にはなく、
それは自分が完全に一人だけのときにかぎられます。まさに「品格」の問題なのです。

日の名残り p.61

人生、楽しまなくっちゃ。夕日が一日でいちばんいい時間なんだ。
脚を伸ばして、のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。
わしはそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。
夕方がいちばんいい時間だって言うよ。

六十代も後半と思われる太りぎみの男
日の名残り p.350

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