ハイウイング・ストロール

SF

こんにちは、ポメラニ・アンパンです。あっという間に12月になりましたね。師走ですよ、師走!師匠が走るほど忙しい季節と言いますが、なんで12月ってこんなにバタバタするんでしょう。

『今年の最後の1ヶ月だから』とか『掃除しなきゃ』とか何かとありますよね。僕も周りの人がそうなのでつい自分も『あ〜〜忙しい』と悪態をつくのですが、ふとよくよく考えてみると実際は忙しくないんですよ。

だって、年末の大掃除なんかも特にしなければいけない訳でもない。クリスマスだって、やらなきゃいけない訳じゃない。などと考えていると世間の『忙しい』空気に逆らいたくなる・・・。ハッ!いかん!つい生来の天の邪鬼(あまのじゃく)気質が出てしまった。

とまあ、何が言いたいかというと世間は世間、自分は自分、マイペースに行こうよ、と言いたいのです。と言いつつ、僕もこの12月だけはなかなかマイペースを貫くのは難しいんですけどね・・・。

前置き長くなりました。今回は忙しい時期にもフッと息を抜いて慌ただしく駆け回っている事がちょっと滑稽に思えるような、雄大な空の冒険を紹介します。

小川一水先生の『ハイウイング・ストロール』です。

読んだきっかけ

小川一水先生の作品では長編シリーズ『天冥の標』からドハマりし、他の作品を読み漁っている状態なので、必然的に本作にも食指が伸びた次第です。実は、小川一水先生には2019年、4月頃に、都内某所で開かれた『天冥の標』完結記念イベントにて実際にお会いしました。少しだけお話もさせていただき、感慨深かった思い出があります。思っていたよりずっと気さくな方でした。

さて、すでにお気付きの方もいらっしゃるでしょうが、本サイトは基本的には、著者名敬称略で書いていますが、実際にお会いした著者の方はやはり呼び捨てにするのは気がひけると言いますか・・・、先生と付けることにしました。

あらすじ

地球が重元素に満たされて地上では生活ができなくなった遥か未来。生き残った人類はわずかに残った島に居を構えた。

浮獣・・・重元素の海=重素海から発生する生命体。人は浮獣を狩り、彼らから衣・食・住の材料をまかなっている。数多くの浮獣が存在しており、種別によって適正な加工を施され、人々の生活の糧となる。例えば浮獣の体の肉を食用に、羽や牙などは生活用品の加工素材とするように。

飛行機(シップ)に乗り浮獣を狩る人間が翔窩(ショーカ)。翔窩が撃墜し重素海に落ちた浮獣を回収して市場に運ぶのが回収師(レトリバー)。つまり浮獣は人々にとって有害だが、無くてはならないものでもある。

この物語は、一人の翔窩の女ジェンカと翔窩になる少年リオとの、出会いと絆と戦いの物語。

野良犬じみた目つきの小柄な少年リオは、街中で同級生と一悶着起こしていた。好意を持っていた女子と親友だと思っていた男子にからかわれてブチ切れていた。その修羅場に背の高い黒髮の女が割って入り、リオに言う。『仕事をするために連れていく』と。半ば強引にリオを連れて行く女こそが、腕利きの翔窩であるジェンカその人だった。

ジェンカは価値の高い浮獣(そのような浮獣はほぼ巨大で戦闘力が高い)を狩ることのできる腕を持つ翔窩だが、一度撃墜された過去を持つ。撃墜されれば登録番号が下がり、飛行機もオシャカに。浮獣を狩って、換金し、飛行機を強化・維持するにもお金がかかる。かつて家が立つほどつぎ込んで改造したジェンカの愛機は今は無く、借りたオンボロ飛行機でなんとか日銭を稼ぐ日々。そんなジェンカがリオと組むことになったのは、シップを借りる代わりにリオを教育するという、翔窩ギルドとの交換条件があったからだ。

翔窩が乗る飛行機は前後席になっているのがほとんど。前席は操縦者が座り、主に機体の操縦と浮獣を攻撃する役目を負う。一方後席は浮獣へのマーキング弾(撃墜し重素海に落ちた際、どの翔窩が撃墜したかわかるようにする目印弾)を撃ったり、前席の攻撃で不充分だった場合、追加攻撃を行う、周囲の警戒・観察など補助的な役割を追う。

前席で自由自在にキアナ型飛行機を操るジェンカ、ジェンカの操縦に文字通り振り回されまくる後席のリオ。未熟なリオがジェンカに叱咤されそれに負けじと言い返すリオ。お互いに悪態をつきながらも、リオは徐々に上達していく。二人の関係も『育ててやる ー 教えられる』から『なかなかやるわね ー あんたをもっと理解したい』に変わっていく。

強力なライバルの登場、ジェンカの過去、たくさんの仲間との出会い、翔窩たちが目の色を変える伝説の浮獣、あらゆる事がリオを強くし、ジェンカを空へ駆り立てる!

そしてこの世界の真実を、リオは知る事になる。

この作品の要素・成分

雰囲気

変わり果ては世界=多島海が舞台のSF小説。重元素が溢れ、地上に人が住めなくなった中、わずかに残った島状の陸地に人が住む世界。人は浮獣を狩って、生活している。

こんな世界観だが、暗さを感じさせないタッチの本作。リオの負けん気の強いポジティブな性格と、ジェンカのツンデレっぷりが微笑ましいので、肩肘張らずに読む事ができる。気軽にエンタテインメント小説を読みたいな、という気分の時にピッタリ。

読みやすさ:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

あたり一面に重素海が広がり、現れる浮獣を狩って生活する人々。誰も見た事のない空想世界をきちんと読者にイメージできるように説明し、なおかつストーリーも少年が出会いと試練で成長するという王道展開である事も、ページをめくる速度を加速させる

ワクワク度:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

この世界がどうなっているのか。リオとジェンカの関係。ジェンカの過去。二つ名のつく強力かつ高額な懸賞金がかけられた浮獣の存在・・・といったワクワク要素はてんこ盛り。

ハラハラ度:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

浮獣との空中戦は緊張感に満ちている。常にハラハラさせられる。また、浮獣の巣窟である礁(リーフ)を攻略する際も、いつどこから襲ってくるか分からない浮獣の存在を警戒して進む翔窩達の緊張がそのまま伝わるようで、読む身としてはハラハラした。

食欲増幅度:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️

翔窩ギルドのバーで酒を飲んだり軽食を食べるシーンはあるが、あまり美味しそうだと印象深い食事が出てきてはいない。ただ、目的が同じ多くの人間が色々言いながらワイワイ酒を飲んでいるシーンは楽しい。一緒に一杯呑みたくなる。

冒険度:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

翔窩達は冒険を目的としているわけではない。あくまでそれぞれの生活のため、人類の生活のために浮獣を墜とす。しかし、レアの浮獣を探索したり、危険が多い礁(リーフ)を行くなど冒険的要素は非常に多い。

胸キュン:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

リオが年齢の割に、女性の扱い方がマセすぎていると感じるのは僕だけだろうか。ともあれ、リオとジェンカの距離が近くシーンのそれぞれに、若さと青春を感じる。いいなぁ・・・。

血湧き肉躍る:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

空戦の迫力と臨場感はあるが、血湧き肉躍るという感じとは少し違う。どう言えばいいんだろう。ミシンの針に糸を通す感じ?

希望度:10 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

後半は本当に希望に溢れてる。

絶望度:1 ⭐️

ほぼ無い。

残酷度:1 ⭐️

浮獣の死体などが出てくるも、残酷描写はほぼ無い。

恐怖度:2 ⭐️⭐️

恐怖を感じるシーンもそれほど無かった。

ためになる:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️

教養という意味ではためになる事は少ない。しかし、心の栄養という意味では大いにためになる。読んで良かったと思える本である事は間違いない。

泣ける:1 ⭐️

泣く要素はほぼ無い。

ハッピーエンド:10 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

後味の良い終わり方。晴々とした空が見えそうだ。

誰かに語りたい:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

飛行機が好きで、ボーイミーツガールが好きな人におすすめ。

なぞ度:2 ⭐️⭐️

世界が重素=重元素に満たされた理由は物語の中で説明される。浮獣という存在、翔窩という存在もきちんと説明されているので、謎はあるが、謎のまま終わらない。

静謐度:1 ⭐️ 

世界観としては静謐。しかし、リオやジェンカをはじめとした登場人物皆がよくしゃべるので、静謐な感じは全くしない。

笑える度:3 ⭐️⭐️⭐️

リオの活発な行動、ジェンカの時に見せるギャップに思わずニヤニヤしてしまう。

切ない:2 ⭐️⭐️

この世界の真相を知った時、少し切なさを感じる。

エロス:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️

そんなシーンもある。

データ

タイトルハイウイング・ストロール
著者小川一水
発行元早川書房
コードISBN-978-4-15-031390-6

まとめ

読み終えた後、さすが小川先生!と唸ってしまいました。少年が年上の女性と関係を築き、仲間と共に成長し、浮獣という人に仇なす怪物と戦う、というゲームの王道のような設定をSFエンタテインメントにしてしまうとは・・・。世界観は重元素に満たされたせいで、人が地上に住めなくなった状態。いわゆるディストピアっぽいんですが、この作品に出てくる人々は皆元気で、血気盛んで、活力に満ちていて読んでいて元気をもらいますね。

また、人と人の関係性も良い感じに重すぎず、軽すぎない描き方。最初はギスギスしていたリオとジェンカが、徐々にお互いを分かり始め、リオの腕も上がることで、いつしかパートナーとなっていく。恋愛要素を含みつつも、翔窩達が示すのは、あくまで男女の愛まで含めた『信頼』。生きるか死ぬかという極限の状況で、背中を預ける事ができる相手たるのは、信頼できるかどうかという事でしょう。

飛行機で浮獣と戦うシーンも緊張感と迫力があります。浮獣戦は一対一だけでなく、多くの翔窩対多くの浮獣という集団戦もあり、翔窩の飛行機が編隊を組んで浮獣に挑むシーンは圧巻です。

巻末に小川先生が述べておられますが、この作品はMMORPGをイメージして書いたとの事です。言われてみれば確かにそんな感じのノリがありますね。

気に入ったフレーズ・名言(抜粋)

私たちは趣味で行くんじゃないんだからね。生きるために狩るの。

ジェンカ P.58

私は君が嫌いなわけじゃないの。ひよっこが嫌いなの。

ジェンカ P.73

ショーカは人の暮らしの外にいる。きっちりけじめつけとかないと、後になって文句を言われることもあるから。

レッソーラ P.104

この女を口説くだって?冗談じゃない、恋人程度でこいつの相手が務まるもんか。そんないちゃいちゃした生ぬるい関係じゃ浅すぎるんだ。

リオ p.112

今はともかく、将来のライバルは必要だな。でないと最強を証明しようがなくなる。

グライド P.348

迷いは晴れた。彼がか弱い浮獣たちの代弁者であるなら、我も同じ。人は群れを成して初めて完成する卑小な生き物。生まれついての不完全さは何も浮獣に限ったことではない。これは対等な存在同士の勝負だ。同情など必要ない。

p.417

「いけるわ。 みんなが ーみんなを結びつけてくれた君がいるから」ジェンカ

「おれは、あんたに追いつきたかっただけだよ」リオ

入手案内

・BookOffで入手 *2020.4.18時点で、ハヤカワ文庫版取り扱い無し

コメント

  1. 通りすがりの読者 より:

    初めまして。この記事から貴方様のサイトにたどり着いた者です。

    貴方様のブログを読み、「ハイウイング〜」と「時砂の王」の購入を決めました。貴方様のブログで取り上げられている本の中で既読のものと積読状態のものがあり、非常に驚いた次第です(一九八四年は読破、イシグロ2作品が積読です笑)。
    そういう訳で、多視点で(食欲増幅度という分析方法は目を見張りました。その発想は無かったです)分かり易い感想も相まって、ここで紹介されている本なら自分も面白く読めるかもしれない、と勝手に思っております。小川一水作品以外にも、読みたいなと思った作品を沢山見つけることが出来ました。

    貴方様のブログ更新を陰ながら楽しみにしております。
    数多くの読書感想ブログの中から探し当てられたことに感謝しています。

    駄文失礼致しました。

    • pomerani_ampan より:

      >通りすがりの読者さま
      コメントありがとうございます。マイペースかつ、駄文だらけのこのサイトをお褒めいただいた事に驚愕しております。
      僕が読む本は偏っていると思いますが、お役に立てたならとても嬉しく思います。 ポメラニ・アンパン

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