こんにちは、ポメラニ・アンパンです。
突然ですがみなさん、ハードに生きてますか?煮えたぎってますか?
水戸黄門の主題歌にもあるように、『人生楽ありゃ苦もあるさ〜』というのが人生の常。良い時もあれば、憎たらしくて腹立たしくて、ただただ怒りしか湧かない局面は、誰しも経験した事があるでしょう。
今回紹介するのは、沢崎という中年探偵が、運命に翻弄される人々に相対するハードボイルド小説!!原尞さんの『天使たちの探偵』の感想です。
そもそもハードボイルドとは『文芸用語としては、暴力的・反道徳的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体をいう(Wikipediaより抜粋)』とのこと。
人が生きていると、大なり小なり理不尽な事、事件、事故があります。それらに翻弄され、苦しみから逃れようと足掻く人、戦う人、逃げる人、色々な人がこの社会を作っています。
本作の主人公である沢崎もまた人々の渦の中で、足掻く一人。探偵という職業柄、否応無しに他人のトラブルに巻き込まれてしまうのです。
読んだきっかけ
毎年早川書房が出している、本屋さんで無料で手に入る小冊子『ハヤカワ文庫の100冊フェア』にて紹介されていたのがきっかけです。原尞さんの作品はそれまで読んだ事はなく、一作目『そして夜は甦る』を読んで凄く気に入ってしまいました!主人公・沢崎は中年のおっさんおじさまです。おじさま探偵なんですが、世の中を冷めて捉えていながらも、芯は熱く、揺るぎのない精神を持っている、いぶし銀な所がとにかく魅力です。
それがきっかけで、原尞さんの作品は『そして夜は甦る』、『私が殺した少女』を読んだ上で、本作『天使たちの探偵』を読んでいます。これらは全部、探偵の沢崎が登場する作品群です。
あらすじ
私立探偵の沢崎は、西新宿の事務所にいる。日々、様々な依頼を受け、生計を立てている。また、探偵業だけでは心許ない場合、警備の仕事などをする場合もある。
沢崎シリーズについて
・沢崎の下の名前は明かされていない。作者曰く、この先も明かす気は無い、とのこと。
・沢崎が生きる時代背景は、昭和後期〜平成初期だと思われる。したがって、インターネットやメールといった通信手段は本作には出てこない。
・中年男性
・タバコは両切りの『ピース』
・愛車は日産ブルーバード
・事務所は『渡辺探偵事務所』。西新宿の雑居ビルの中にある。
・渡辺とは、かつての沢崎の相棒。
本作『天使たちの探偵』は、6つの物語から成る短編集である。いずれの物語も、未成年が絡む。
【少年の見た男】
「ある女の人を守ってください」と12歳未満と思われる少年が探偵事務所を訪れた。困惑する沢崎。警察署に送り届けるか、少年による無邪気ないたずらか、判断に迷っていると、少年はトイレに行くフリをしてポストに5万円を入れて姿を消していた。否応無く少年に【雇われ】てしまった沢崎。
件の女性を尾行し、入った先の銀行にて、二人組の銀行強盗に出くわす。銃を突きつける強盗と怯える行員、客。銀行の支店長が強盗の言うがままに金を渡して事なきを得ようとした瞬間、支店長が強盗の一人を銃で撃った。一方で、強盗の片割れが支店長に銃を向けた。その時、沢崎が守らなければならない女性が叫ぶ「あなた、危ない!」
支店長とその女性は夫婦で、依頼してきた少年は彼らの息子だった。少年が沢崎に依頼をしたのは、純粋な想いからだった。
【子供を失った男】
娘をひき逃げの交通事故で失った男が沢崎を訪ねてきた。しかし依頼内容はひき逃げ犯を捕まえてくれ、ではなかった。男は指揮者として成功の階段を登っていた。男が沢崎に依頼した内容は『昔の女に宛てた手紙を買い取れ』と脅迫されており、その受け渡しに同行してもらいたいとの事。
男の依頼を受け、脅迫相手に会う沢崎。相手は未成年の若者だった。若者は自分の彼女が、ヤクザの車に傷をつけたことで因縁をつけられていて、金が必要との事だった。
一見、複雑そうに見えるが、読んでみると、いつでも、誰にでも起こりうる事だったのが、この話のミソ。だからこそ、リアルで、『自分にも起こるかもしれない』と思わせてくれる。
【二四〇号室の男】
『娘の素行を調査してほしい』との依頼を受けていた沢崎。その依頼人が経過を聞くために沢崎を訪れるところから始まる。沢崎は調査結果を淡々と述べる。曰く「あなたは●●の店を出て、女性と落ち合い●●ホテルの二四〇号室へ入った」、曰く「●月●日、上背の高い女性●●と軽食をとった後、二四〇号室へ直行・・・」
依頼人は慌てる。なぜ娘ではなく自分の素行が暴かれているのかと。なぜなら、娘が依頼人の素行を調査していて、それを調査する沢崎も当然依頼人の動向を知る事になった、ただそれだけの事。
依頼人から報酬を受け取って数日後、警察を通じてその依頼人が死亡した事を知らされる沢崎。死亡した依頼人は、運転免許証の裏に47人の女性の電話番号を控えていた。ホテルに女性を連れ込む術に長けていて、ホテルの従業員に「2回連続で同じ女性を連れてきた事は無い」と半ば褒めるような口ぶりで証言している。
そんな依頼人がホテルの一室で死亡していた故、沢崎も調査に乗り出す。そこには、『家族』と言う名ばかりの人間関係の捻れが浮き彫りになっていた・・・。
【イニシアル”M”の男】
沢崎の事務所にかかってきた間違い電話。電話をかけてきた女はこれから自殺するのだと言う。その女の言葉を本気だと信じられなかった沢崎は「間違い電話なら切ってくれ」と言う。女は「明日の新聞を見ればわかることだわ」と言って電話を切った。その翌日の朝刊に、人気少女歌手の自殺を報じた記事が掲載されていた。朝吹由美と言う人気少女歌手が、昨日間違い電話をかけてきた女だった。警察が沢崎を訪ね情報交換した結果、どうやら少女は人気アイドルグループの少年、羽入雅彦との痴情のもつれにより自殺したとの事。
朝吹由美のプロダクション、マネージャーと接触し、事件の真相に迫っていく沢崎は、芸能界の闇を垣間見る。
【歩道橋の男】
興信所に勤める優秀な捜査員である女性、成島が沢崎の事務所に訪れ、こう言った。「先ほど訪ねてきた伏見という夫人の依頼を受けないで欲しい」と。同業者ならその類の返答ができないだろう、と回答を避ける沢崎。なおも一方的に話を続ける成島。伏見夫人が興信所に依頼した内容は、行方不明の孫を探す事。興信所は調査の末、その孫は18歳の凶悪な少年犯罪者である事がわかっていた。夫人を思えば、この事実は夫人の耳に入れたくない、と言うのが成島の要望だった。調査の結果、夫人に真実を伝えるべきではないと判断した場合、一報入れるとしてその場を切り上げた沢崎だが、無論沢崎にそのようなつもりは毛頭無い。なぜなら、伏見夫人なる人物が訪ねてきていないからだ。
その後、沢崎は伏見夫人が訪ねたのは、沢崎の事務所が入っているビル内にある『藤尾スタンプ商会』である事を確認する。藤尾と伏見夫人は旧知の仲で、藤尾は夫人が写真でしか見たことのない孫に会ってみたいとのささやかな想いから、興信所に依頼した事を沢崎に告げる。
果たして、沢崎の調査が進むにつれ、人の欲と、願いが複雑に絡み合った状況が見えてくる・・・。
【選ばれる男】
柏木恵美子という女性からの電話依頼が沢崎のところにかかってきた。息子に困ったことが起きたという。どうやら沢崎が以前関わった事件の人間から、紹介されたようだ。その柏木という女性曰く、息子が電話で「友達のジュンが死んでいて、しかも自分は身代わりにされるかもしれない、でも心配しなくていい」とだけ言って電話が切れたとの事。柏木恵美子は息子の交友関係をほとんど把握しておらず、少年補導員ならわかるだろう、と言った。
操作を行うことになった沢崎。訪ねるべき少年補導員は今、選挙の候補者だった。図らずも沢崎は選挙候補者で少年補導員でもある草薙の事務所を訪ねる事となった。
調査を進めるにつれ、草薙氏の対立候補陣営、ヤクザ組織との兼ね合い、死亡したジュンと言う少年の謎・・・全てが繋がる。
この作品の要素・成分 (最低値=1 最高値:10)
雰囲気
淡々とした文章でいて、そのくせどんどん物語に引き込まれる原尞さんのリズム。私立探偵、沢崎の子気味良いセリフが心地良い。派手さは少ないぶん、リアルが勝る。
読みやすさ:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
沢崎の視点で物語が語られる。文章はシンプルで頭に情景が浮かびやすく、スラスラ読める。
ワクワク度:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️
沢崎のシリーズに共通して言える事だが、スロースタートで、沢崎の調査が進む=事件の真相がわかってくる、につれてじわじわと面白味が増してゆく。
ハラハラ度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
沢崎がターゲットを尾行したり、調査のために対話するシーン、犯人と相対するシーンは、緊迫感・臨場感を感じる。
食欲増幅度:1 ⭐️
食事のシーン、食欲を掻き立てるシーンが皆無。タバコを吸うシーンは多たくさんあるんだけど・・・。
冒険度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
冒険というほどのポジティブかつ明るい印象を与えない沢崎の『調査(捜査)』。一つの仕事として、やるべき事をやる、という意味では冒険とは少し違うかもしれない。しかし『未知』の状態から糸を手繰り寄せ、『既知』に辿り着く事は、手段は違えど冒険と言えるかもしれない。
胸キュン:1 ⭐️
本作も、沢崎に女性とのロマンスは無い。物語にはそこそこの人数の女性が登場するのだが・・・。
血湧き肉躍る:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
沢崎がヤクザの事務所で立ち回る。
希望度:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️
各事件は一応の帰結を得る。希望的な将来を想像できる結末もあれば、そうで無い結末もある。
絶望度:2 ⭐️⭐️
沢崎が絶体絶命の窮地に至ることは無いのでそれほど絶望感を感じない。
残酷度:2 ⭐️⭐️
発見された学生の遺体はナイフが刺さったもの。過度な残酷描写はない。
恐怖度:3 ⭐️⭐️⭐️
恐怖を抱くような恐ろしい人間は、それほど出てこない。
ためになる:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️
沢崎シリーズ全般に言えることだが、メールもインターネットも無い時代の捜査は大変だっただろうと想像できる。離れた相手との連絡手段は電話や手紙しかない。
泣ける:1 ⭐️
切ない終わり方をした物語もあるが、そこまで涙腺を刺激するほどではない。
ハッピーエンド:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
後味が良い物語、微妙な余韻を残す物語など、半々。
誰かに語りたい:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️
僕が気に入っているので、それでいいかなぁ、と思ってしまう原尞作品。しかしハードボイルド好きの人には語りがいがある。
なぞ度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
どの物語も、沢崎を訪ねてくる最初の一人からはその先の展開を全く想像できない。2人、3人の登場人物が出てきて、ようやく物語が動き始める傾向がある。謎はあるも、沢崎の調査でほぼ謎は解ける。
静謐度:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
基本、物語は沢崎が独白する文体なので、雰囲気はガチャガチャしておらず、静謐度は高い。
笑える度:3 ⭐️⭐️⭐️
物語冒頭、沢崎の気分を表現する際、頻繁に野球やスポーツの話題が差し込まれ、分かる人は思わずクスッとするだろう。
切ない:3 ⭐️⭐️⭐️
エピソードによっては読後、切なく感じる話もあった。
エロス:1 ⭐️
皆無
データ
タイトル | 天使たちの探偵 |
著者 | 原尞 |
発行元 | 早川書房 |
コード | ISBN978-4-15-030576-5 |
まとめ
原尞さんの短編集を読んだのは、今作が初めて。短編でも充分に楽しむ事が出来ました。原尞作品の魅力は、先にも書きましたが、おじさま探偵である沢崎が全て。歯に衣を着せない直球セリフ、フットワークが軽く『現場』に赴いて事件の真相を探るスタイル、警察官から煙たがられる男、それが沢崎。
今回読んだ『天使たちの探偵』は、6つの物語全てに未成年が絡みます。未成年に対しても、大人に対するのと同じ口調で言葉を投げる沢崎は、見方によっては不器用、しかし別の見方をすると子供にも真摯に対応する人間、と言えます。
例え相手が小学生だろうが、10代の学生だろうが、ハードボイルドな男はコロコロと態度を変えないもの。僕もこのようにありたい、と思いますが、実際にはなかなか難しいでしょう。
とにかく、恋愛とかギャグとかエロスとか、そういった要素を求めていなくて、ただひたすらにハードボイルドで渋い探偵小説を読みたいなら、サクッと読める本作はオススメできます。
気になったフレーズ・名言(抜粋)
黙れ、小僧二度とお金のことを口にするな。私はおまえみたいなガキに雇われるつもりはない。今度お金のことを言ったら、ただちにそのドアから叩き出す。わかったか
沢崎
天使たちの探偵 P.13
たとえ口座に預金もない尾行中の探偵と言えど、私は銀行にとってのその日の最悪の客ではなかったようだ。先客に二人組の拳銃強盗がいたのだから。
天使たちの探偵 P.23
その流儀を初対面の私に押し付ける気かね。
沢崎
私はあんたとは親しくないし、親しくなりたいとも思っていない。
用件をすませて、早いとこ親しい連中のところへ帰りたまえ
天使たちの探偵 P.59
春先にこの都会で歓迎したくないものは、四月の忘れ雪、セ・パの優勝候補の二チームが三連勝してしまうプロ野球の開幕戦、未払いの勢院の督促状、それにキャデラック”エルドラド”に乗っている依頼人だった。
その日は、そのうちの三拍子がそろっていた。
天使たちの探偵 P.107
私は依頼人の要求に盲目的に従うわけではない。また、依頼人にとって何が幸せかなどという、誰にも判らないことを初対面の人間に判定してもらうつもりもない
沢崎
天使たちの探偵 P.209
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