こんにちは、ポメラニ・アンパンです。3月になりましたね。といっても寒い日、暖かい日が交互に押し寄せ、落ち着きのない天候が続いています。
さらには新型コロナウイルスの広がり。皆様いかがお過ごしでしょうか。幸いにも僕ポメラニ・アンパンは、なんとか健康を維持しています。
昔、何度か病気や入院生活を経験しているので、『点滴やチューブに繋がれず自由に歩ける事』、『水分量を制限されない生活』、『自分でトイレに行って用をたせる事』・・・これらのような何気ない事ができる健康に、感謝しつつ生きている次第です。
このような健康を維持できるのは、自分一人で生きていると実現不可能です。お米を作る人、薬を調合する人、服を作る人、買い物ができるように流通業で働く人・・・様々な人の力によって、僕たちの日常生活は成り立っています。
さて、今回ご紹介するのは、他人のためにその身を提供する宿命を負った人々を描いた『わたしを離さないで』という作品です。著者は『日の名残り』と同じカズオ・イシグロです。
『日の名残り』の感想はこちら↓↓
読んだきっかけ
確か、『日の名残り』を買った際、同時購入していたと思います。いわゆる積ん読状態だったんですね(笑)。僕は自分の気分や、その時の状況で読みたい本がコロコロ変わります。本作を手に取ったのは、なんとなくです。もう少し言えば、『日の名残り』のような郷愁・切なさ・人との関係性・・・そういった静寂で染み渡るようなテイストを欲していたのでしょう。でも、本当のところは自分でも良くわかりません。
あらすじ
本作ほどどこまであらすじを書くべきか悩む作品は無いでしょう。巻末にも訳者である土屋政雄が『何をどこまで書いて良いやら迷う』と言っていますし・・・。なので、僕もまだ未読の方に極力支障が出ないよう、楽しみが損なわれない程度に書きます。
主人公の女性キャシーは、優秀な介護人である。彼女と共に生まれ育ち、深い絆で結ばれたトミーやルースは提供者だった。キャシー達が生まれ育った施設の名はヘールシャム。
ヘールシャムで育った子たちは、特別な使命を与えられている。将来、外の世界の人に、「提供」または、「介護」をするのだ。
介護の仕事を続けるキャシーは、過去にヘールシャムで過ごした日々を思い起こす。あの頃に戻りたいと後悔の念で思うのではなく、純粋にあの頃過ごした仲間・・・とりわけ関係が近かったルースやトミーについてのエピソードが掘り起こされる。
キャシーが思い出をたどるうちに、僕達読者は知るだろう。人の業を。
この作品の要素・成分 (最低値=1 最高値:10)
雰囲気
読み始めは、まるで不透明な霧がかかったような、正直『よくわからない』感覚が全体を覆っている。読み進めていくうちに、少しずつ霧が晴れ、謎の部分があらわになっていく・・・イメージとしてはそんな感じ。
読みやすさ:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
介護人キャシーの独白調で語られる本作。読者はキャシーの話を聞いているように、読んでいけば良い。ヘールシャムの親友トミーやルースも全てキャシーの視点から語られている。
ワクワク度:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️
本作をワクワクと表現するのは的確ではない。落ち着いて静かに読み進めれば良い。ここで星4つなのは、読めば読むほど次が気になってくるから。
ハラハラ度:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
癇癪持ちのトミー、尖った性格のルースなど、キャシーと衝突する人間関係が思いのほか多く、そのようなシーンはハラハラするほどの臨場感。
食欲増幅度:1 ⭐️
あまり食事が美味しそうな描写はない。
冒険度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
とある人物を探しに行き、尾行するシーン。また、探し物を探すシーンは、ちょっとした冒険だ。キャシー達の立場で考えると『ちょっとした』どころではないんだが・・・。
胸キュン:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
後戻りができない・・・互いに思い合っていても確かめられずにいた・・・わかってて邪魔をしていた・・・何もかもが胸をえぐられるほど切ない。
血湧き肉躍る:3 ⭐️⭐️⭐️
暴力シーンは無い。しかし、ルースと事を構えようとするキャシーの覚悟、心構えは、まるで戦に出ていく前の武将のような雰囲気だ。
希望度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
キャシーの芯の強さ、孤独な状況においても「介護人」としてプライドを持って働く姿に勇気づけられる。かといって真面目なカタブツ人間ではなく、とても感情豊か。お気に入りの音楽と歌詞に想像を重ねて踊ったり、性衝動に正直だったり。
霧のかかったような雰囲気の本作の中で、主人公キャシーが人間らしく生き生きと過ごしていた事は、トミーやルースにとってだけでなく読者にも希望の光だ。
絶望度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
希望と絶望は表裏一体。キャシー達が育ったヘールシャム。そこは絶望を希望に変える場所。
残酷度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
直接的な残酷描写は無いが、残酷な事実は物語の背景に隠れている。
恐怖度:3 ⭐️⭐️
恐怖を感じさせるシーンはあまり無い。一つだけ、ちょっと怖いなあと感じたのは、ヘールシャムにたま〜に訪れるマダムの雰囲気。なぜ、マダムがこんな感じなのかは、読み進めれば明かされる。
ためになる度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
人が生きるって何だろう?と改めて感じさせてくれる。
本作を読み終わった人同士で色々意見交換が盛り上がりそう。
泣ける度:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️
僕は泣きにくいが、泣きそうになる程のシーンは数カ所あった。
ハッピーエンド:3 ⭐️⭐️⭐️
いわゆるハッピーエンドではない。しかし、不幸・悲しみだけが残る・読後感が悪い・という終わりではない。切なく、物悲しくも精一杯やり切った人間の強さを感じ取れる。
誰かに語りたい度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
不思議なもんで、カズオ・イシグロ作品は身近な人に伝えるというより、自分でひっそり大事にしたくなる作品。でも、読書好きには読んで欲しい作品である。
なぞ度:1 ⭐️
読み始めは謎が多い。しかし、物語が進むにつれ謎は減っていく。
静謐度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
キャシーの独白で進む物語、思い起こされる過去。若かりし頃のエピソードは複雑な人間関係を巧みに生き抜くキャシーの生活模様を描いているが、そこにも一定の静謐さがある。
笑える度:1 ⭐️
あまり笑えるところは無い。
切ない:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
『日の名残り』の感想でも言ったかもしれないが、『あの時こうしていれば』、『元には戻れない』、という誰しも思い当たるであろう感情。親友の間で揺れる『許す・許せない』とせめぎ合う感情。
本作は人の感情を緻密に、繊細に描いているので、それがより切なさに拍車をかける。
エロス:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️
キャシーは性についても包み隠さず独白しており、セックスをしたい、する、したという文脈はある。
データ
タイトル | わたしを離さないで |
原作タイトル | NEVER LET ME GO |
著者 | カズオ・イシグロ |
訳者 | 土屋政雄 |
発行元 | 早川書房 |
コード | ISBN978-4-15-120051-9 |
まとめ
本作もまた、胸にジワリと染み入ってくる作品でした。『日の名残り』も執事のスティーブンスが車で旅をしながら過去を思い出す物語でしたが、本作のキャシーも同じように過去を思い出すところは同じです。
しかし、決定的に違うのはキャシー達が生まれ育った施設=ヘールシャムという閉じた世界。そして『提供者』、『介護者』というキーワード。最初は何のことだかわからないまま読み進めていくのですが、ある時点でそれがなんとなくわかります。最後には全部わかります。
僕は、この作品のキャシーとトミー、ルースの複雑かつ強固な関係性を楽しむと同時に、カズオ・イシグロは男性なのに、よく女性の心情(主人公キャシーやルースの)をここまで表現できるなぁと驚愕しながら読んでいました。とにかく女同士の空気の読み合い、駆け引き、言葉を出すタイミング・・・などなど、女の人ってここまで色々考えてコミュニケーションしているんだな!と改めて思いました。
僕はなかなかここまで洞察力がなく、思った事をすぐ言っちゃったりするんですよねぇ・・・。
とにかく、複雑な人間関係を緻密に描く事で、物語の最後の場面がより一層切なくなるのです。そして最後に本作を覆っていた霧のような正体が分かった時、『そういう話だったのか・・・』と納得と共に、悲しさと希望が残ります。
気に入ったフレーズ・名言(抜粋)
気持ちの良い夕方で、回復室の小さなバルコニーから見える家々の屋根の向こうに、ちょうど夕日が沈んでいくところでした。屋根また屋根、その屋根に突き立つテレビアンテナ、あちこちにはお皿のようなパラボナアンテナ。日によって、はるか遠くに海が、輝く一本の線のように見えることもありました。
わたしを離さないで P.29
あなたは違ったわね。宝物を持ってること、ちっとも恥ずかしがらなかった。そのまま大切にしつづけたのを覚えてる。わたしもそうすればよかった。
ルース
わたしを離さないで P.202
かわいそうな子たち。助けてあげられればと思いますがあなたたち二人でやっていただくしかありません。
マダム
わたしを離さないで P.416
入手案内
・BookOffで入手 わたしを離さないで
コメント