こんにちは、ポメラニ・アンパンです。2月もあとわずかですね。
今年はいつになく暖かい2月だったと思います。いつもはもっと寒くてガタガタ震えながら、指の先から冷たくなっていたような気がしますが、今年はひとまずしもやけからは逃れられています。
なんか、このままいくと3月や4月ごろから物凄く暑くなるような気がしてちょっとビクビクしています。暑がりの僕、そうならない事を祈ってます。
さて、今回はちょいとハードな作品をご紹介。
伊藤計劃の『虐殺器官』です。
今年初めは、危うく戦争になりかけたアメリカとイラン。世界は微妙なバランスの上で成り立っています。本作は、僕らが生きる世界の少し未来での戦争、人の生き方、平和について、などをリアルに描いた近未来SFです。

読んだきっかけ
本作の文庫本が発売された2007年頃、書店で見たのがきっかけ。真っ黒の表紙に『虐殺器官』というインパクトある文字列に、目を心を奪われてしまいそのままレジに持っていったのです。
あらすじ
僕らが生きるこの時代より、ほんの少し未来。アメリカをはじめとする先進諸国は、人々の日常生活のありとあらゆる行動を監視・認証する仕組みを作り上げていた。これは、かつて9.11のテロから学んだ、防衛思想が形となったもの。テロリストが紛れ込まないように、不審な人物がいるかどうか判定するために、人々の個人情報、買い物の履歴、利用した駅や電車の履歴、これらが電子マネーと一体化し、情報を取得・収集されていく世界。
主人公クラヴィス・シェパードはアメリカ人の軍人男性。階級は大尉。軍人の中でも、『暗殺』を唯一行う特殊な部隊に所属している。彼の仕事は主に情報収集、偵察、そして暗殺だ。
軍令で、とある要人の暗殺指令がくだる。『国防大臣』の肩書きを持つそのターゲットは、その地域の住人の虐殺を扇動している。指令どおりシェパード大尉のチームが現地へ向かう。シェパード大尉がターゲットと邂逅し、問い詰める。ターゲットは答えた。「わからない。美しかったこの国が、なぜこんな事になったのか」と。シェパード大尉は、本気で困惑するターゲットの態度に愕然としつつも、始末する。そして、もう一人のターゲットはその場にいなかった。
もう一人のターゲットこそが、この物語の真の敵。名はジョン・ポール。それまで平穏だった地域や国が、この男が入り込んだ途端に虐殺が巻き起こる。虐殺のメロディーを吹聴して回るジョン・ポールこそが、シェパード大尉達の真のターゲット。
ジョン・ポールを追うべく、シェパード大尉はジョン・ポールの愛人だったルツィアが住むプラハへ赴く。身分を偽り、ルツィアに近づき、ジョン・ポールの情報を得ようとするが・・・。
この作品の要素・成分 (最低値=1 最高値:10)
雰囲気
退廃的でダーク。少しのユーモア。とても冷めていて、リアル。
主人公クラヴィス・シェパードの視点から語られる物語。彼が見たもの、感じたもの、その全てが読者である僕らを強烈に、意識させる。戦争と平和、生きる人間と生きていた人間、仲間とそうでない者、殺す側殺される側。
『暗殺』という非人道的な行為を生業とする主人公が抱える思いや思考が、たまらなく人間くさい。
読みやすさ:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
シェパード大尉の独白口調で紡がれる本作。読者は感情移入しやすく、非常に読みやすい。
ワクワク度:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
冒頭の死体が横たわる描写からの、自分語り、そして任務のシーンへ移行する流れで読者はすでに鷲掴みにされているはず。
シェパード大尉の思考にふけるシーンと、軍の仕事のシーンが主に描かれるが、どちらも「何が起こるのか」期待せずにはいられない。
ハラハラ度:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
軍として現場に突入するシーンや、身分を隠しルツィアに近づくシーン、尾行されるシーンなど、ハラハラする場面も多い。
食欲増幅度:3 ⭐️⭐️⭐️
戦友ウィリアムズと食べるピザが旨そう。
冒険度:3 ⭐️⭐️⭐️
冒険的要素はあまり無い。任務に忠実なシェパード大尉なので。しかし、任務が任務なだけに、『何が起きてもおかしくない』状況はある意味冒険と言えるかもしれない。
胸キュン:3 ⭐️⭐️⭐️
恋愛では無いところで、ルツィアとの繋がりはシェパード大尉にとってかけがえのないもの。
血湧き肉躍る:3 ⭐️⭐️⭐️
実力が拮抗する敵と全面衝突は無く、血湧き肉躍る高揚感はあまり無いかな。
希望度:2 ⭐️⭐️
最終的にはジョン・ポールを追い詰めるが・・・。予想外の結末に希望は見えるか、と言われれば微妙。
絶望度:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
シェパード大尉の視点を通して見る世界は、常に人が死ぬ世界。しかも戦争に巻き込まれたり虐殺されたりといった理不尽な死に方。
多くの屍の上に成り立つ平和、という考えがシェパード大尉にもジョン・ポールにもあった。人間の無残な死、という絶望を礎として平和を享受する人がいる世界なのだ。
残酷度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
冒頭から頭が割れて死んでいる少女の描写が出てくる。最も残酷さを感じるのは、少年少女の兵隊を容赦無く殺さなければならない局面。
恐怖度:3 ⭐️⭐️⭐️
平和に向かうはずの国が、ジョン・ポールの介入によって混沌と化し国民同士が殺戮を始める。恐ろしいのは、ジョン・ポールが狂人でも異常者でもなく至極真っ当な正気を保って行動している点だ。
ためになる度:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️
僕らが生きるこの時代の少し先を見据えたテクノロジー描写が秀逸だと感じた。特に、あらゆる場所での生体認証システム、軍人が使用する『痛覚マスキング』、クジラから作られる人工筋肉などなど。著者の想像力とリアリティを感じる設定に『本当にこうなるかもしれない』と思わせる説得力がある。
そのため、将来人間はどのようなテクノロジーを駆使して生活するのかの、参考にもなるし、筆者からの警鐘とも受け取ることができる。
泣ける度:1 ⭐️
あまり泣けるシーンは無い。
ハッピーエンド:1 ⭐️
シェパード大尉としては自分の望み通りのことができた。しかし、それがハッピーなのかはシェパード大尉にしかわからない。
誰かに語りたい度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
アニメ化されたので、今更語る必要を感じないが、例えば友人から『何か面白い小説無い?』と言われたらオススメしても良いだろう。ただし、人を選ぶ作品だと思う。
なぞ度:1 ⭐️
謎は特にない。
静謐度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
シェパード大尉の独白で物語が進んでいくため、静謐さを感じる場面は多々ある。
笑える度:3 ⭐️⭐️⭐️
シェパード大尉のチームメイトのウィリアムズがどちらかというと陽気なキャラクターなので、会話のちょっとしたところで、クスッとする場面もある。
切ない:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
シェパード大尉がそれまで自分は軍の命令によって殺戮を行ってきた。その殺意は果たして自分の内から生じたものなのか、と自問した際、自分は軍令に盲目的に従っていただけで、自分では何一つ判断していなかった事に気付く。そんな自分を、心を通わせたリツィアに罰して欲しいと願うシェパード大尉。この辺りがとにかく切ない。
エロス:1 ⭐️
無い。
データ
原作タイトル | 虐殺器官 |
著者 | 伊藤計劃 |
発行元 | 早川書房 |
コード | ISBN978-4-15-030984-8 |
まとめ
初めて読んだ時は、物凄い作品だ、と衝撃を受けましたね。それから数年経って、今回読み返して、改めて凄い作品だ!と再認識しました。
もうね、引力が半端じゃ無い。冒頭の虐殺された少女と少年の描写、『ぼく』ことシェパード大尉の職業が暗殺を手掛ける特殊部隊、そして暗殺指令が下り・・・。こんなの読まずにはいられませんよ。
もう一つ凄いと感じたのは、圧倒的なリアリティ。僕らより少し先の未来を描いている本作。現在、僕らの周りでもスマートフォンの指紋認証や顔認証が徐々に増えつつあります。マイナンバーカードも誕生しましたね。これらをもっと強固に社会基盤に反映させているのが本作中に出てくる認証の仕組み。電子マネーと連動し、認証なくして乗り物にも乗れず、買い物もできないところまで進めちゃってます。
また、現在の鎮痛剤の発展型(?)で、シェパード大尉他軍人に利用されていた『痛覚マスキング』。このような著者のオリジナル用語・設定も違和感なく物語のスパイスとして機能している点が凄い。
ストーリーとしては決して明るく楽しいものではなく、その対極の作品でしょう。しかし、読んでいて没頭できる、シェパード大尉の葛藤と絶望、ジョン・ポールへの怒り、などまるで映画を見るような体験は極上のエンタテインメントと言えるのではないでしょうか。
気に入ったフレーズ・名言(抜粋)
倫理の崖っぷちに立たせられたら、疑問符などかなぐり捨てろ。内なる無神経を啓発しろ。世界一鈍感な男になれ。正しから正しいというトートロジーを受け入れろ。
虐殺器官 P.25
ぼくはことばを、リアルな手触りをもつ実体ある存在として感じていたからだ。
虐殺器官 P.42
ぼくにはことばが、人と人とのあいだに漂う関係性の網ではなく、人を規定し、人を拘束する実体として見えていた。
地獄はここにあります。頭のなか、脳みそのなかに。大脳皮質の襞のパターンに。目の前の風景は地獄なんかじゃない。逃れられますからね。目を閉じればそれだけで消えるし、ぼくらはアメリカに帰って普通の生活に戻る。だけど、地獄からは逃れられない。だって、それはこの頭のなかにあるんですから。
アレックス
虐殺器官 P.52
理由を告げずに逝くことは、遺された者を呪縛する。自分はなぜ気がつかなかったのか、自分が悪かったのではないか、自分が他ならぬその死の理由なのではないか。死者は答えない。だからこの呪いは本質的に解かれることはありえない。
虐殺器官 P.71
ゲーテはこう書いた。軍隊の音楽は、まるで拳を開くようにわたしの背筋を伸ばす、とね。
われわれが空港やカフェで聴くように、アウシュビッツにもまた、音楽は在った。目覚めを告げる鐘の音、歩調を合わせる太鼓の響き。どれほど疲れ切っていても、
どれほど絶望に打ちひしがれていても、タン、タン、と太鼓がリズムを刻めば、
ユダヤ人たちの体はなんとなくそう動いてしまう。音は視覚と異なり、魂に直に触れてくる。音楽は心を強姦する。
ジョン・ポール
意味なんてのは、その上で取り澄ましている役に立たない貴族のようなものだ。
音は意味をバイパスすることができる。
虐殺器官 p.224
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