永遠の森 博物館惑星

IT・テクノロジー

こんにちは。ポメラニ・アンパンです。梅雨の季節はジメジメと鬱陶しいものです。新型コロナも都内ではまた振り返しているようで、ますます鬱陶しい季節に拍車をかけてますね。

今回はそんな鬱々とした気分をちょっとだけ晴らせる作品を紹介しましょう。

あまり重たいストーリーではなく、美に対する純粋な感動を思い出させてくれる、優しさと切なさが味わい深い菅浩江さんの『永遠の森 博物館惑星』です。でも、本作はガッチリとSF要素もありますので、SF好きのあなたも満足いただけるかと。

この本を読んだきっかけ

ハヤカワ文庫の100冊 2019に載っていて気になっていたところ、本屋さんで実物を発見。タイトル、表紙に一目惚れでした。

あらすじ

地球の衛星軌道上、地球と月の間のラグランジュポイントに存在する小惑星上に建造された巨大博物館惑星<アフロディーテ>。そこは、全世界からあらゆる美術品が蒐集される宇宙の博物館だ。

芸術品の類は、価値の分かる人や興味を持つ人にとっては宝だが、そうでない人にとっては単なるガラクタに映ることもしばしばある。

アフロディーテが単なるガラクタ置き場ではなく、価値ある存在として維持できるのは、ひとえにその学術調査力が評価されているからだ。アフロディーテの学術調査力を優秀たらしめるのは、直接接続者の学芸員たちと強力な検索・データベースシステムによる所が大きい。

ポメラニ・アンパン
ポメラニ・アンパン

直接接続者:手術によってデータベースと直接繋がっている人。頭で考えたイメージを、検索データベースがそのまま検索をかけてくれる。芸術といった曖昧模糊としたニュアンスを検索するのは、文字情報だけでは難航するよね。そこで物を見て・触ったり記憶の中にあるイメージ【肌触り「ヌルッと」・色「青っぽいような少し黄身かかったような・・」・臭い】といった人間の感覚的なイメージから検索する事ができるのが、直接接続者。

ちなみに学芸員の中には、直接接続者でない人もいる。

アフロディーテには三つの大きな部署がある。

音楽・舞台・文芸全般を担当する部署詩と音楽の神々ミューズにデータベース<輝きアグライア>。絵画・工芸の担当部署『知恵と技術の女神アテナ』に<喜びエウプロシュネー>。動植物園『農業の女神デメテル』に<開花タレイア>があり、鑑定と保存に勤しんでいる。

しかし、芸術品はその時代、場所、歴史、風習など複合的な要素が絡み合って生成される物。ひとえに、どの部署が担当するのか判別が難しい場合が多く、そうなると部署間での調停役が必要になってくる。その調停役を負わされる部署が『総合管轄部署』だ。

総合管轄部署アポロン』に所属する田代孝弘は直接接続学芸員の一人。この部署は三つの部署より高い裁量権をもち、データベース<ムネモシュネー>も同様に他の三つのデータベースの上位であり統括する位置付けだ。必要であれば田代は<ムネーモシュネー>に命じて他部署に介入することも可能な立場。しかし、当の本人や『総合管轄部署』に所属する学芸員たちは、体の良い調停役だと思っている。

他の部署より権限が強いため、その部署で対処できなかった『厄介事』を持ち込まれる事が多々ある『総合管轄部署』。今日も田代孝弘は、どんな厄介事を押し付けられるのかと思うと気が重い。

本作は、そんな田代孝弘が関わった九つの『厄介事』を描いている。

  1. 天上の調べ聞きうる者:歌が聴こえるという絵画の調査
  2. この子はだあれ:古い人形の名前を探すための調査
  3. 夏衣の雪:邦楽の家元襲名公演の準備と笛・着物の調査
  4. 享ける形の手:かつて一世風靡したダンサーの公演
  5. 抱擁:美の価値を真に受けとめる方法を模索する旧バージョンの直接接続者の話
  6. 永遠の森:植物の成長で時間を示すバイオクロック。その模倣品調査
  7. 嘘つきな人魚:少年が実物を見たいと切望する、消えた人魚像の調査
  8. きらきら星:小惑星イダルゴにて採取された彩色片の調査。黄金律を追求する話
  9. ラヴ・ソング:ベーゼンドルファー・インペリアルグランドにまつわるピアニストと孝弘の妻である美和子が織りなす愛のエピソード。

この作品の要素・成分 (最低値=1 最高値:10)

雰囲気

人と人、人と人工知能、組織と上司、同僚と部下、惑星全体が博物館、美術品、芸術品、テクノロジー、情動、優しさ、切なさ。

SF小説にありがちな膨大な独自ワード、科学的説明などはほとんどなく、普段SFを読まない人でも入ってゆける。主人公の田代孝弘を中心として博物館惑星に集められる美術品や芸術品、公演依頼など様々な仕事(孝弘に言わせれば厄介事)を読者は俯瞰で見てゆく。その過程で、読者は美術品とは、芸術とは・・・果ては人の思いや美しさ、幸せだと思う事とは、などの様々な感動を得ることができる。

読みやすさ:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

孝弘を主として、彼に降りかかる厄介事を追っていく。全部で九章から成り立ち、それぞれ異なる厄介事。しかし、全部が一本のストーリーとしても繋がるような構成なので、一から順に読んでいけば良い。

本作独自の用語は全て本文中に解説されるので、読むだけで大丈夫。美術品をただ調査するだけでなく、エピソードによっては後輩の邪魔が入ったり、ちょっとした推理小説のような展開になるのも、飽きずに読める一因。

ワクワク度:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

ありとあらゆる既知世界の美術品が集まる博物館惑星が舞台。持ち込まれるモノは多く、学芸員は真贋の見極めは当然として、その美術的・工芸的価値の鑑定、研究、分類を行う。

このシチュエーションだけで僕はかなりワクワクものだが、これに加え、直接接続者の存在が本作の魅力を爆上げする!人間と機械(データベース)の共同作業によって美を追求する、というのがなんとも素敵でロマンチックではありますまいか!

ハラハラ度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

エピソードによっては、危険が生じる場面もあり、そこはハラハラする。緊迫感ある描写が迫りくる。

食欲増幅度:2 ⭐️⭐️

孝弘が溜息をついてコーヒーを飲むシーンがある。サンドイッチもチラッと出てくるが、孝弘は忙しそうに流し込んでしまうので、美味しそうかどうかの話ではない。

胸キュン:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

各エピソードに美術品にまつわる製作者とそれを受けとめる人の思いが隠されている。

ページをめくる加速度:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

「読もう!」と意気込む事なく、自然に読んでしまう。

希望度:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

美術品に隠された人の思いや優しさを解き明かしていく物語。真に美しい芸術には、人の邪念が入り込む余地など無い。

絶望度:3 ⭐️⭐️⭐️

直接接続者は常に各々のデータベースと繋がっている状態が日常と化している。これは、僕らに置き換えれば調べたいときに調べるGoogleを、直感的にいつでも呼び出せる感じだ。この接続が切れた時、自分には何が残るだろう。それを考えさせられる場面があり、自分では何もできないとわかったら絶望感は大きいだろうな、と思った。

残酷度:1 ⭐️

残酷な描写、話はほぼ無い。

恐怖度:3 ⭐️⭐️⭐️

バイオクロックのエピソードで登場する加速型進化分子工学。土壌のホルモンによって急成長する。使い方を間違えると危険だという潜在的な恐怖を内包している。

ためになる:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️

美を判断するには一筋縄ではいかない事がよくわかる。数値や理論だけでは鑑定しきれない、人を幸せにできる何か、人の感性にうったえる何かが価値を高めるのだと、改めて思わせてくれる。

泣ける:3 ⭐️⭐️⭐️

泣けるとは少し違い、ほんのりとしたものが胸に残る感覚。

読後感:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

読み終わった後、しんみりと心に静寂が残る。「どうだった?」と訊かれたら返答に困るが、「よくわからないけど、悪くない感じ」と答えるだろう。

明日から見える風景が変わるとか、そういった大それたことではないが、美術品を見ると、本作を思い出してその背後の人の思いまで気にするように、気にすることができる人になれるかもしれない。

誰かに語りたい:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

どちらかというと大切にしまっておきたいタイプの作品。しかし、美術や芸術、舞台、音楽といった芸能に関わるなら読んでみたら?と言いたい。

なぞ度:3 ⭐️⭐️⭐️

早い時期に直接接続者になった学芸員のデータベースのバージョンは更新されないのか?と疑問に思った。この仕組みだと、後から直接接続者になった学芸員はバージョンが最新のデータベースを駆使できる分、学芸員間の調査精度に差が出る、と思うのだが。

静謐度:3 ⭐️⭐️⭐️

一部、静謐さを感じた部分がある。背景や植物由来の自然現象の描写など。

笑える度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

田代と分析室室長のカール、同僚のネネとの会話は小気味よく、クスっと笑える箇所が多々ある。

切ない:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

哀しみや後悔、コンプレックスを背負っている人が多く、美術品の調査において彼らの心情も垣間見ることになる。そこには言葉にできない思いがあり、切なさを感じる。

エロス:1 ⭐️

無い。

データ

タイトル永遠の森 博物館惑星
著者菅浩江
発行元早川書房
コードISBN978-4-15-030753-0

まとめ

本作『永遠の森 博物館惑星』凄く良かったです!僕は、菅浩江さんの作品を読むのも本作が初めてでした。

あらかじめ気になっていた本ではありましたが、本屋さんで見た時、表紙にやられました!他の本と一緒にレジに持って行きましたね。表紙絵がジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死 』っぽくて、「なんか良い感じのSFなんじゃなかろうか」と感が働きました!

ジェイムズ・ティプトリー・Jr.の「愛はさだめ、さだめは死」

本作はとにかく優しさと切なさをSF風味でカラッと焼き上げたかのような小説です。日頃何かに疲れた人には良いでしょうし、ちょっと重たいストーリーから離れたい人、芸術に片足を突っ込んでいる人、芸術が好きな人もぜひ読んでみてください。

本作の魅力はやはりなんといっても直接接続者の相棒の女神でしょう。孝弘の女神<ムネーモシュネー>は他の部署の女神たちの上位のデータベース。孝弘の思考やイメージに、心地よい声で返答・リアクションしてくれるのです。今でいうSiriの超進化版、といったところでしょうか。

本作はこれら女神との協働で、美術品の価値を探訪・追求していく学芸員達の活躍を描いていますが、このような強力なデータベースを持ってしても、最後に美の価値を受けとめ見出すのは、人の感受性であり、『綺麗なものを「ああ、綺麗」と思える心』という着地点に落ち着くのが良かったですね。

気に入ったフレーズ・名言(抜粋)

名前は個体識別のためにだけ存在する記号ではないと思うんですの。私たち言葉を操る知的生命体が付ける名前は、そのものの本質を感じ取ったり、かくあれかしと願ったりする、いわば個を個として認め愛そうとする意志の表われなのです。

ルイーザ・モンテシノス
永遠の森 博物館惑星 p.87

自分がステップを捧げているのは、自分の中の満足の神へ、だ。ゆるやかに手を伸ばしていたのは、自分の中の理想へ、だ。

永遠の森 博物館惑星 p.171

ねえ、シーター。孤独な芸術なんかないんです。いくら純粋だの孤高だのを掲げてみたって、その気概そのものこそが吸引力を持ち、僕みたいな観客を魅きつけてしまうんです。それは仕方のないことだと思います。周囲を排斥する力はどうか舞踏に向けていてください。元のように自然体でいてください。そうすることのできる自信を取り戻してください。

ロブ・ロンサール
永遠の森 植物館惑星 p.177

ここに来るまで僕は自分の心の空隙の形がはっきりとは判らなかった。それが不安で、中途半端で、とんでもなく無駄な気持ちに思え、いらいらしてたまらなかった。けれど今後は失くしたものの形が判る。自分が彼女にどんなものを捧げ、心にどんな穴を開けたのかが判るんです。空隙を空隙として満ち足りて自覚できるのは、幸せなことですね。

ラインハルト・ビシュコフ
永遠の森 博物館惑星 p.361

音楽が人から愛され続けているのは人の心の鏡だからです。長調は<明るい>し、短調は<暗い>。上昇スケールは<解放>を、下降スケールは<沈降>を感じさせます。作曲家は心の揺らぎを音に託し、聴衆はそれを受けとめた時に彼と同じ感動を味わうのです。

マヌエラ・デ・ラ・バルカ
永遠の森 博物館惑星 p.412

<ガイア>、覚えてね。こういうのが『綺麗』なの。この幸せな気分も一緒に覚えてね。

美和子
永遠の森 博物館惑星 p.427

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