こんにちは。ポメラニ・アンパンです。11月も半ばですね。ここ数日で急に寒くなりました。今日、僕も耐えかねてストーブ出しましたよ!あ〜、過ごしやすい日々は過ぎ去ってゆくのか〜と思いながら今日も仕事してきましたよ。
あなたは元気ですか?元気ならそれでよし!元気じゃなかったら、まあ、そういう日もあるでしょう。元気がないなら、ないで良いではありませんか。そのうちなんとかなるから!
この世は・・・人の世はあらゆる因縁で縛り付けられています。例えば、あなたが何気なく入ったコンビニですれ違った人は、あなたが問い合わせた会社で対応してくれた人かもしれない。今日あなたが食べたご飯を生産した生産者は、あなたが製作したホームページを閲覧してくれているかもしれない。
いろんな縁が絡みついて今を生きる僕ら。まあ、ゆるっといきましょうよ。今日はそんな話が垣間見える作品を紹介します。
柴田勝家さんの『ヒト夜の永い夢』です。
この本を読んだきっかけ
ちょっと前から柴田勝家という作家さんの名前は知っていたのですが、読んだ事がなく、表紙絵と帯の内容にときめいてしまいました。
あらすじ
時は昭和2年。紀州在住にして世界にその名を轟かせた偉人にして変人、南方熊楠の物語。幼少より野山の草木や生き物に好奇心を刺激された熊楠は、長じて博物学者・生物学者となる。
海外で見識を広め、帰国し、紀州の実家にてのんびりしていた熊楠のもとに、ある日一人の男が訪ねてきた。その男は福来友吉と名乗り、千里眼や透視能力などの超心理学を研究する者だった。来訪客がもたらした話題や、人が夢を見るのはどういった状態か?などと話すうちに福来は熊楠の深い知識に敬意を表し、彼が所属するある集団に熊楠を誘う。
その集団とは昭和考幽学会。福来曰く、メジャーな学会や世間では認めてもらえず爪弾きされた学問の集会といったところ。学者や研究者たちが集い、忌憚のない意見を言い合う場だ。福来の案内で入場したその場では、二十人ほどの人間がいた。この学会のルールで、参加者は黒い布で顔を多い、面体がわからないようにしていた。男か女、年寄りか若者かもわからぬ人間たちの間で会合のテーマが発表された。すなわち、「天皇即位記念事業」について。
世間で認められない学問を、天皇陛下の即位記念行事にかこつけ研究成果を披露しようというのだ。さて、その内容を議論するわけだが、誰も彼も主張したのでは埒が明かない。参加者は砂時計をもち、砂が落ち切るまで意見を述べる事ができる。かくして議論は始まる。「天皇の肖像画を」「音楽なども入れよう」「猿に絵を描かせるのは?」「どうせなら演劇で」「演目は?人形劇はどうか」「天孫降臨をテーマに」「人形すなわちからくり人形」「どうせなら西洋のオートマタのような自立思考する」「西洋の神は人に似せて姿を作った」「ならば人の姿を模した神は」「人形こそ神だ」などと話が盛り上がっているところを観察する熊楠。とその時、一人だけ砂時計の砂の落下速度が遅い黒子がいた。
熊楠が看破し、その場は乱闘騒ぎに発展し、喧嘩好きな熊楠は大暴れ。かくして燭台の火が燃え移り、会場だった神社は火事になり参加者は議論どころか逃げ惑う。その中でただ一人、砂時計に細工をしていた眼帯男は不気味な笑みを残して熊楠に言う。「いずれまた」
その後、熊楠のもとに鳥山嶺雄と言う機械学者が訪ねてきた。彼も昭和考幽学会のメンバーであり、独自にカラクリを作っていたが、人間らしい動き、挙措をいかに表現するかを悩み、熊楠に相談に来たのだった。機械学は熊楠にとって専門外だが学者として好奇心が彼を後押しし、鳥山に協力する事になった。
さらに別の機会に、熊楠は鳥山の手引きにより人形を作る西村真琴、人形に信号を与えるための太鼓叩き藤本雲平と知り合う。いずれも昭和考幽学会のメンバーである。西村とともに大阪にて少女歌劇を見た熊楠は、その人形らしからぬ、まるで人間のような動きの少女人形に驚愕する。その少女人形は、西村が作成し、鳥山の機械でもって動く仕組みを連結させたものだ。さらに、藤本が太鼓を叩いて音を鳴らす事で機械が音に反応し、人形に様々な動きをさせるのだ。熊楠はこの機構を作り上げた男達を称賛するも、男達は浮かない顔。これではただの人形浄瑠璃だ、魂が入ったように自ら動く人形を作りたいのだ、と。男達の純粋な探究心に感服し、協力する事を承諾した。まさに、「魂とは何か」を研究してきた熊楠にはうってつけのテーマである。
南方熊楠が生物学に精通していたのは史実の通りだが、彼は特に粘菌の研究に一日の長があった。熊楠は少女人形を人のように動かすには粘菌を使えるのでは、と考えた。おりしも山中で出会った宮沢賢治から、粘菌の塊である石を入手し、その着想を得ていた。
鳥山の機械仕掛けは、穴が空いた厚紙=パンチカードの穴に応じて機械の動きに変化をつける仕組みだった。熊楠はそれを応用し、パンチカードに粘菌を塗布した。自宅の畑の土に、粘菌を塗布したパンチカードを埋めて幾日。ついに粘菌がパンチカード上に繁殖しているのを目にする。しかも、それだけではない。
パンチカード一枚一枚には、あらかじめ人間の動きの表すよう穴が開けられていた。「右足を上げる」、「右足を下ろす」、「左足を上げる」・・・といった動作を連続させ歩行させたりするというのだ。それらのパンチカード上に繁殖した粘菌は、まるでそこに記された動作を理解するかの如く蠢きはじめたではないか。自ら思考する粘菌を発見したとあって大喜びする熊楠。これで自然な動きを人形に与える事ができると確信する熊楠であった。
・・・それから紆余曲折を経て、ついにその機関は誕生する。美しい少女の姿をした人形。その動きはしなやかで、優美かつ自然な動きで舞った。
そして、不意にその人形は自ら話し始めた。自ら動き始めた。製作者の予想すらできない「自立的な」動きをした人形。ここに、昭和考幽学会が心血を注いで作った自動人形、天皇機関が完成した。
その後、天皇へ天皇機関をお披露目する事になる一行。しかし、そこでも予想だにしなかった事態が起きる・・・。以前、昭和考幽学会の会場で喧嘩騒ぎになった際、去り際に「いずれまた」と言った男と邂逅する。そして・・・事態は思わぬ方向に転がる・・・。
・・・・・・
南方熊楠は自ら作った自動人形に何を思うか。
昭和考幽学会の男達の面目は。
知恵を得た粘菌・・・天皇機関は何を視るか。
この作品の要素・成分 (最低値=1 最高値:10)
雰囲気
昭和2年、南方熊楠、生物学、歴史、歴史改変、ロボット、カラクリ、学問、夢、幻、千里眼、予知、天狗、粘菌、孫文、革命、天皇・・・。
南方熊楠を筆頭に宮沢賢治、江戸川乱歩など実在の人物が登場し、自動人形を作る物語。熊楠が粘菌の研究をしていた史実などの要素もふんだんに取り入れたIF物語。生物学、粘菌、パンチカードによるカラクリ動作など科学的な部分と、夢や幻、千里眼、魂の所存といった非科学的な事象にも触れており、南方熊楠の見識の広さを表しているだけでなく、物語にも広がりが感じられる。
読みやすさ:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
時代背景は昭和2年だが、現代の文体なので読むのに苦労しない。また、熊楠と他の登場人物との会話も多く、テンポも良いのでスラスラ読める。所々、ユーモラスな描写と少し下品な表現(糞をきばりながら会話するシーンなど)があるのもまたこの作品の持ち味。
ワクワク度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
南方熊楠に次から次へと人が訪ねてきて、あれよあれよという間にロボットを作る事になるのだが、そこに至るまで、至ってからも面白い。
ハラハラ度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
天皇機関が動き始めたらやはりハラハラする。人の手を離れ、何をしでかすかわからない存在は警戒する。
食欲増幅度:2 ⭐️⭐️
序盤、熊楠がバクバク食べるアンパンが美味しそう。しかし、途中、糞の話が所々出てくるので、何かを食べながら本作を読むのはオススメしない(笑)。
胸キュン:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
熊楠と昭和考幽学会メンバーとの絡みはなかなか面白い。特に、最初に出てきた福来友吉は、彼の心情を思うと後半の展開はやりきれない思いが募る。
ページをめくる加速度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
スラスラ読めるが、気になる用語があると調べてしまう僕の悪癖により、最後まで読了するまで時間はかかったかも。
希望度:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
綺麗な終わり方。愛。
絶望度:2 ⭐️⭐️
絶望感はあまり感じなかった。
残酷度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
天皇機関の首はしょっちゅう外れる。撃たれたり、斬られたりも比較的多い。
恐怖度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
未知数の性能の天皇機関、幻覚を見せるか何をするかわからないのは恐ろしい。
ためになる:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
南方熊楠はもちろん、粘菌に興味をもつようになる。粘菌の存在なんて、僕はほとんど知らなかったよ。
泣ける:1 ⭐️
泣きはしなかった。
読後感:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
割とスッキリした感じ。何か、モヤモヤした物が残るといった事もなく。
誰かに語りたい:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
歴史改変IF、夢や幻などを描く和風奇譚が好きな人にオススメ。妖怪は出てこないけど。
なぞ度:2 ⭐️⭐️
本作のようにパンチカードに粘菌を塗って、機械を動かすことは本当にできるのか気になる!
静謐度:2 ⭐️⭐️
あまり静謐さは感じられない。
笑える度:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️
所々にクスっと笑える箇所がある。
切ない:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
作られた存在、天皇機関。彼女に宿った精神、人間になれない思いが吐露されるところは切なさが込み上げる。人ではないからと勝手に造られ、勝手に消されようとしている事に怒る心情も、うなづける。
エロス:2 ⭐️⭐️
直接エロさを描写したシーンはないのだが、熊楠がいうセリフに、人間とは生きている中で、様々な因縁で雁字搦めになる。因縁という縄でお互い縛って喘いでいるようなもんだ、というエロティシズムになぞらえた表現がある。これがまた面白い!
データ
タイトル | ヒト夜の永い夢 |
著者 | 柴田勝家 |
発行元 | 早川書房 |
コード | ISBN978-4-15-031373-9 |
まとめ
読みました!南方熊楠がロボットを造るってだけで期待に胸を膨らませながら読みましたが、期待を裏切らない面白さでした!
僕は、柴田勝家さんの作品は本作が初めて。ところで、柴田勝家という名前を見て、「え?あの戦国武将?信長配下の重鎮で、賤ヶ岳の戦いの・・・」と思いました。まさか、現代でSF作家になっていたとは!※ご尊顔が気になる方はネットで「柴田勝家 作家」で画像検索してください。ぜひ!
と余談はさておき、僕は本作を読むまで南方熊楠という人物を、あまりよく知りませんでした。生物学者でちょっと奇人という事くらいしか知らなかったのですが、本作を読んでどんな人かより知ることができました。もう、本当にいろんな意味で凄い人としか言いようが無い!
数カ国語話せるし、幼い頃に和漢三才図会を写しながら学び、イギリスに留学し、科学雑誌『ネイチャー』寄稿数は51本、さらに天皇に講義をしたとか、孫文と知り合いとか、もう意味がわからないスペックです!それでいて、酒を飲んで大学を追放されたり、意図的にゲロを吐ける特技(?)があったり、メチャクチャな人!常識に囚われない、型破りな人だったんでしょうか。身近にいたら楽しいか、めんどくさいか、どっちかでしょうね。
そして本作が面白いのは、南方熊楠の周りに集まる人々。彼らもほとんどが実在の人物なんですよ!超心理学研究者の福来友吉や男色の画家である岩田準一やら、他にもたくさんいろんな人が出てきます。
そんな中、熊楠は長く研究している粘菌を使って、自動人形=天皇機関を製作するお話が今作。正確に言うと、熊楠主導で天皇機関を造ったのではなく、半分なりゆきではあるのですが、機械に魂を持たせるキーとして粘菌を使うといったところがミソですね!実際、粘菌って頭が良い(賢い)らしいのです!だからこの性質を思いっきり飛躍させSF的に描いたのが本作。さらに粘菌はキノコの仲間ということで、キノコの種類によっては胞子による幻覚を見せる種類もあるようで、それも使って「これは現か幻か」と来るわけですよ!いや〜奇譚好きな人はたまらんと思います!
そんなわけで、柴田勝家さんの初作品となる本作、ごちそうさまでした!
気に入ったフレーズ・名言(抜粋)
何にしろ熊に楠である。どちらも大きい。大きいことは素晴らしい。
ヒト夜の永い夢 p.25
例えば光を浴びせれば、そこから逃げていくし、餌になるものを周囲に置けば、それぞれに触手を伸ばして流動してく。光を災害、餌を安定した土地だと考えれば、これなど人類の移動と同じなのですよ。この粘菌なる生き物は、それ一つで人類がしてきた歴史を繰り返しているのです。
南方熊楠
ヒト夜の永い夢 p.43
遠くで鴉が鳴いた。この出会いはもうすぐ終わるだろう。青年は再びどこかで、その魂の輝きを宝石に塗り込める。人の精神は分子の配列によって結晶と化し、精錬され、愛すべき人の手で賞玩される。
ヒト夜の永い夢 p.113
人間は生きているだけで因縁の糸が絡みつく。いや、死んだ後にも繋がりは絶えないのだろう。生きていようが、死んでいようが、そんなのお構いなしに、この宇宙に蔵された因縁の結び目は現れる。
ヒト夜の永い夢 p.207
粘菌の声が聞けたのなら、それは楽しいでしょうね
陛下
ヒト夜の永い夢 p.291
小さく見れば、この世界の全てがそうなのだ。君が晩酌に飲む酒を仕込んだ新潟の杜氏、酔った勢いで殴った無頼漢、殴られた無頼漢を介抱する情婦、その際に巻いた包帯を作った生産者・・・・・・。このように延々と、全ての演者には必然的な役割が与えられていて、一分の隙もない程に台本が組み込まれている
南方熊楠
ヒト夜の永い夢 p.309
そうだ。これは僕の哲学だが、この世界は心と物が交わったところにある””事”の集合体だ
南方熊楠
ヒト夜の永い夢 p.469
色々と考えたが、やはり人生劇場は一度きりなのだ!精神を飛ばすのも結構だが、足元の因縁を疎かにはできんな!
南方熊楠
ヒト夜の永い夢 p.515
不潔で結構。我々の世界は、それほどに淫猥なものだ。いやらしく、エロチックに、現実とは無数の因縁で縛られた肉体だ。この戒めから解き放たれたいと願いつつ、より強く因縁が絡みつくほどに頬を紅潮させるのだ。もっと激しく縛られたいと願い、家族を作り、結婚し、子をなす。こうなると精神の秘所はびしょ濡れの勃起モンだぞ
南方熊楠
ヒト夜の永い夢 p.537
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