光圀伝

人物

こんにちは、ポメラニ・アンパンです。10月半ばですね!

【日増しに秋も深まり、朝夕は寒ささえ感じる頃となりました・・・】

といきたい所ですが、まだまだ日によっては30度に迫る気温を維持する令和元年の日本。古来の日本人は、詩を吟じる際、季語を入れるというルールを課して、雅だいとおかしだと風情を感じてらっしゃったのでしょうが、今の我々に風情もクソもないですよな(爆)!暑いんだよ〜!

兎にも角にも必死に日々を生きるのみでございます。生きていると良い時もあれば辛い時もある。幼少の頃、祖父と一緒に見ていた水戸黄門の主題歌が脳裏によぎります。『人生〜楽ありゃ、苦もあるさ〜♪』(YouTubeへのリンク。音注意)

水戸黄門・・・昭和から平成初期の人ならご存知でしょう。水戸のご老公がスケさん、カクさんを連れて日本全国行脚し、悪党を懲らしめ最後に徳川の印籠を見せて『この紋所が目に入らぬか〜!こちらにおわすお方をどなたと心得る!恐れ多くも先の副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ〜!!』ドドーーーーン!!

というシーンはあまりにも有名ですね。というわけで今回ご紹介するのは水戸黄門のご老公のモチーフとなった徳川(水戸)光圀の人生を描いた『光圀伝』の感想です。

読んだきっかけ

結論から先に言うと、今回本作を読んだのは、たまたまタイミングが良かったからです(爆)!

冲方丁さんの作品は、『マルドゥック・スクランブル』刊行当時に読んで、以来虜になりました。SF、サイバーパンク、バイオレンス、ファンタジー小説を多く書いていた冲方丁さん。しかし、次第にジャンルの壁を超え、2009年には、日本の暦を変えた渋川春海(安井算哲)の人生を描いた『天地明察』が大ヒット。僕ももちろん読みましたが、凄く面白かったです。

よくありがちな、人物の生い立ちをただ追っているだけでなく、その時代背景や人々の生活事情、文化や価値観などが丁寧に描かれていて、読者はただ読み進めるだけで自然に情景が頭に入ってくる・・・それでいて渋川春海がいかに大それた事業に挑戦したかがしっかりわかるような作品です。

それから数年後、僕は冲方丁さんが『光圀伝』を書いたことを知っていましたが、他の大長編シリーズの小説を読んでいたこともあって、手付かずだったのです!

あらすじ

天下が徳川家康のものとなり、江戸幕府が開幕して3代目の将軍、徳川家光の時代。徳川御三家の一つ、水戸徳川家初代藩主・徳川頼房の息子として生まれた徳川光圀その波乱の人生を描く。

父、頼房は幼い光圀にとって恐怖の対象だった。光圀に対し徹底的に冷徹だった。光圀自身、『自分を息子と思っているのだろうか』と感じさせるほどに。

そして事あるごとに頼房から出される『お試し』。光圀は自身の膂力と血気盛んな性格、そして『父に認められたい』一心で『お試し』をこなしてゆく。

数々のお試しの中でも、累々と死体が流れる川を泳いで渡るように言われた時の恐怖は凄まじかった。しかしその恐怖をもなんとか自分の中に押し込み、半ば狂乱の精神でもって川を渡りきった光圀。そうした幼少期を経て、見目麗しく、たくましい若者に成長する光圀。

やがて街に繰り出しては女遊びに喧嘩など有り余る膂力に物を言わせた荒事を一通りやる一方で、詩を作る事にも才覚を発揮。まさに文武両道を地で行く男に。

紆余曲折あり、水戸藩主である父から光圀が跡を継ぐよう(世子)に任命される。しかし、光圀の胸の内は自分の出自について焦燥が増すばかり。本来であれば兄の徳川頼重が継ぐはずだったところを、自分が世子となってしまう事を不義だと感じて悩み抜く。

その後、儒学者の林読耕斎、伯父の尾張徳川家藩主・徳川義直、会津松平家の保科正之、光圀の側室・泰姫(たいひめ)など、様々な人との出会いと別れを経験し成長する光圀。

『詩で天下を取る』と己の目標を掲げていた光圀だが、明暦の大火を機に日本の歴史編纂事業にも手をつけ始める。

光圀は苦難を抱えながらも順調に老いる。老いてなお、藩主を隠居してもなお、光圀はその圧倒的な存在感と智謀、人徳により、民衆からは親しみを込めて『水戸の黄門様』と呼ばれるようになった。

この作品の要素・成分 (最低値=1 最高値:10)

雰囲気

一人物の幼少期から天寿を全うするまで、読む者の感情を揺さぶる物語。文に武に、比類なき才を発揮する稀代の快男児として描かれる光圀を主人公とするも、父・徳川頼房、伯父・徳川義直、林読耕斎、左近の局など周りの登場人物も個性が光り、時代小説を読んでいるはずが冒険小説を読んでいるかのような高揚感がある。

読みやすさ:10 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

時代小説特有の言い回しなどは少なく、現代の我々に読みやすい。一見して意味が汲み取れない難しい用語は、本文の中にさりげなく解説を入れてくれているので、よくある巻末に用語集があって、巻末と本文のページをめくりめくりする煩わしい読み方をしなくて良いのはポイント高し

ワクワク度:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

幼少〜死ぬまで、光圀の行動は常にワクワクさせてくれる

ハラハラ度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

幼少期は父からの『お試し』をはじめとした難題に、どう立ち向かうか、またその局面いハラハラさせられる。成熟期は光圀の周りの人間の行動や事象にハラハラする

食欲増幅度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

徳川頼房が飲む、人骨で作った盃で飲む酒、朱瞬水との料理披露のシーンなど、要所要所に食事や酒が出てくる。美味しそう!

冒険度:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

奔放な性格の光圀が行くところには何かがある。思い立てば即実行、または即思考する光圀。光圀の行動の先に、何が起こるかわからない様相は、さながら冒険小説を読む感覚に近い

胸キュン:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

いくつもの素晴らしい出会い、別れが光圀をより魅力的な人間にしてくれる。特に実の兄・徳川頼重への思い、葛藤が光圀の行動において大きなウエイトを占めている。この兄弟愛も凄い

血湧き肉躍る:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

実際には戦に出ていない光圀。したがって戦のシーンは無いが、戦に匹敵するほどの血湧き肉踊る高揚感を味わえるシーンが随所にある。読んでスカッとできるシーンもある

希望度:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

どんな過酷なことが起きようとも、己の信念に正直に生き、それを有言実行する光圀。そこに、周囲の人が感化され、彼を手伝うようになってゆく過程は読んでいて勇気づけられる。

絶望度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

身近な人の命を奪う理不尽な病。絶望感は大きい

残酷度:4 ⭐️⭐️⭐️⭐️

無宿人を惨殺するシーン、川を漂うおびただしい死体など

恐怖度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

幼少期は徳川頼房が何を考えているのかわからない『恐ろしさ・凄み』がある。

ためになる:8 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

ただ水戸黄門の爺さんとしてしか知らなかった光圀。歴史書編纂という大事業を始めたり、天皇家と懇意だったりと、実はムチャクチャ凄い人だったんだ、と知ることができた。また、水戸に行ってみたくなった。

泣ける:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

愛する者がいなくなる、信頼していた者を斬るシーンは男泣きポイント

ハッピーエンド:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

波乱の人生だったが、読後の後味は良かった。ここまで自分を渦巻く環境に直面して己の信念を曲げずに天寿を全うできたら良いなぁと思ってしまう。

誰かに語りたい:9 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

是非多くの人に読んでほしい。宮本武蔵、山鹿素行、安井算哲や徳川義直、保科正之、徳川綱吉など色んな人が登場するので歴史好きの人必見。

なぞ度:1 ⭐️

これといって気になった謎は無かった。

静謐度:5 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ 

本文の間に、【明窓浄机めいそうじょうき】という形で、晩年の光圀の独白・回想シーンが入る。一人机に向かって独白している様相なので静謐度は高く、光圀の心中をうまく描いている

笑える度:6 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

林読耕斎との論説バトルや、朱瞬水来訪時、藩主と来客が城の厨房に押しかけて互いの料理を披露し合う場面など、微笑ましく、笑えるシーンも随所にある

切ない:7 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

光圀の側室・泰姫とはわずか4年しか一緒にいられなかった。泰姫の侍女である左近は、泰姫亡き後ずっと光圀の側にいた。光圀は左近にしか語れぬ事が多々あった。しかし光圀も左近も男女の一線を越える事なく天寿を全うする。

エロス:1 ⭐️

光圀は、若い頃盛んに女遊びに興じたというが、情事のシーンを具体的に描いてはいない。

データ

タイトル光圀伝
著者冲方丁
発行元角川文庫
コード(上巻)ISBN978-4-04-102048-7
(下巻)ISBN978-4-04-102049-4

まとめ

超面白かった!近年最高に読書スピードが上がった作品だった。リリースは随分前だったが、なんで今まで読んで無かったんだ?と思ったくらい、面白かった。

正直読む前はあまり期待していなかったので、それもあるのだが、見事に良い意味で裏切ってくれた。やはり冲方丁さんの筆力は凄まじく、物語への引き込み力が尋常じゃない!

明窓浄机という断章で光圀の独白を感じ、本編では光圀の行動を文章で追う僕たち読者。はじめのうちは、光圀を『見ている』ハズなのだが、途中からは僕たち読者が光圀『そのもの』になったと思わせるような感情移入の仕方をしてしまう。

そこからは、波乱の人生がまるで自分に降りかかるかのように、濃密な時を過ごす事ができる。

江戸幕府が始まってまだ20数年経過した頃、武の時代から文化の時代への過渡期。光圀は大名の子として生まれ、戦に出る事を夢見るも、時代は武から文へと移ろいつつあった。そんな、人も環境も変わろうとする時代を駆け抜ける光圀。

武の心を持ち、文に通じ、既存や判例に囚われず革新刷新を良しとする光圀に僕は強烈に惹かれた。

気になったフレーズ・名言(抜粋)

如在ー死者を祭り、神を祭るとき、実際に死者や神が眼前に在るかのように畏敬をもって振る舞う。そうした『祭』のありようは、実際に臨場せねばわからない。

光圀伝 上巻 p.11

それがとうした。人間だって、けだものだ。死んで川に浮かんでいるのは人間だけではない。ときに犬猫、牛馬の死体もあった。この川の中では人間も獣も関係なかった。
力あるものが生き延び、なければ死んで蛆に食われ、
魚の餌になる。武士の世、戦国の世そのものだ。

光圀伝 上巻 p.75

天地の狭間にあるもの、悉くが師だ。
〜中略〜
何に思い悩んでいるのか知らんが、自分で解決しろ。さもなくば殺してやりたくなる。

宮本武蔵 
光圀伝 上巻 p.182

史書に記された者たちは、誰もが、生きて、この世にいたのだ。
代々の帝も、戦国の世の武将たちも、名を遺すほど文化に優れていた者たちも、
わしやそなたと同じように生きたのだ。史書こそ、そうした人々が生きたことを証す、唯一のすべなのだ。

徳川義直
光圀伝 上巻 p.324

旦那様は、わたくしとともに文事の天下人となるお方です。大いに戦慄していただきましょう

泰姫 
光圀伝 下巻 p.67

この歳になって、天下というものがわからなくなった。天は広い。
果てしなく。詩はどこまでも自由で、限りがない

光圀  
光圀伝 下巻 p.303

天に手を触れようというのです。生涯をかけねば届きはしませぬ

安井算哲 
光圀伝 下巻 p.344

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